台風「チェービー」(平成30年台風第21号)が、より強い勢力で、少し別の進路を辿っていたとしたら?

2018年、2019年と続いた記録的な台風シーズンは、過去、日本で見られた台風の歴史の再確認を業界に投げかけるものとなりました。気象庁による正式記録の開始以前に発生した台風についても、より厳密に考慮される必要性が問われました。その結果、約50〜70年の再現期間に相当する日本の台風損害頻度曲線において、リスクモデル専門家および保険業界は、より信頼性の高い推定が可能となりました。同時に、台風「チェービー」(平成30年年台風第21号)や「ハギビス」(令和元年台風第19号)のようなイベントにおいて、その発生パターンに些細、かつ明確な変化がもし起きていたとしたら、実際の損害と異なる、さらに深刻な結果がもたらされた可能性も確認されます。確率的自然災害モデルが果たす重要な役割は、科学的、かつデータに基づいた方法で、実際に起きたイベントを再考することです。つまり、実測データと被害状況の経験を基に、これらモデルは、気象学的な知見からどの程度の頻度でそうしたイベントが起きるかについて高い信頼性を担保しつつ、経験した再現期間を超える事象、いわば「what-if」シナリオによる大規模被害想定も可能とします。

日本の大都市や産業集積地帯の多くは、昨今の変動激しい気象リスクにより複雑化、巨大化する台風の直撃を受ける可能性に晒されており、日本でも250億~300億米ドル規模の保険損失が発生することは、想定外と言えなくなっています。例えば、日本のソルベンシー・マージン計算では、1959年の「ヴェラ」(昭和34年台風第15号、伊勢湾台風)を基準としますが、日本の保険会社が、自社内で台風リスク基準として考慮するのは、再現期間200年から250年の損害額です。したがって、過去に起きた最大保険損害額を上回るテール・リスクについて、的確に把握することが重要です。

「チェービー」と「ハギビス」が警鐘に

2018年、大阪周辺地域を襲った台風「チェービー」は、過去25年以上で最大の熱帯低気圧となりました。これに伴う保険損失額は120億米ドル以上と推定されています。その他、大阪を襲った大きな台風としては、1938年(昭和9年)の室戸台風や1961年の「ナンシー」(昭和36年台風第18号、第二室戸台風)があります。2019年には、「ファクサイ」(令和元年台風第15号)と「ハギビス」(令和元年台風第19号)が首都圏を横断し、日本の都市部の脆弱性と洪水リスクの深刻さが露呈しました。「チュービー」と「ハギビス」は、保険業界が日本の直面する台風リスク量を再評価する警鐘となりました。長期にわたる過去の記録を再評価した結果、2018年は、実質、それほど例外的な年ではなかったことも明らかになりました。20世紀を通した台風活動を概観すると、25~35年に1度の周期で「チェービー」以上の勢力を持つ台風が繰り返し発生していることがわかります。ただ、「チェービー」と「ハギビス」は、どちらもこの地域に最大被害をもたらした台風というわけではありません。1959年の「ヴェラ」や1958年の「アイダ」(昭和33年台風第22号、狩野川台風)のような台風が、もし今日発生した場合、さらに甚大な被害となるはずです。世界の中で最も台風が活発な地域にあり、資産が高度に集中している日本では、はるかに大きな損害が発生する可能性があるのです。

歴史に学ぶだけでは不十分な理由

損失が低~中程度となる被害イベントを十分理解することは、企業の期間損益を推定する上で重要です。ただ、再保険の購入を含む、資本の十分性を考慮する目的で用いられるのは、損失が重大~非常に重大となるシナリオの評価です。これまで日本では、1959年の「ヴェラ」の再現をソルベンシー・マージン計算の規制上のベンチマークとして用い、資本の十分性評価をしてきました。これは、シナリオベースの観点で行われています。過去イベントの参照は、リスク管理に重要な情報を提供しますが、一方、確率的自然災害モデルの活用は、個々のシナリオに定量的な視点を加味し、そうしたイベントの損失規模、頻度の両面を取り込むことができます。また、自然災害モデルは、歴史と気象学に基づく台風の気候学、並びに保険価額分布データを取り入れ、頻度の高い事象に確かなリスク評価の土台を提供すると同時に、大規模な損失に定量的な側面を与えます。最近では、日本においてもソルベンシー・マージン計算に確率論的アプローチを使用する取り組みが行われています。

最悪のシナリオ――他者から何を学べるのか

地域で発生し得るイベントによる損失可能性は、複数要因に左右されます。重要な要因としては、リスクにさらされる資産の集中度合とその価値、災害の潜在的な最大強度・複雑性に加え、影響を受ける物理的・社会経済的環境の反応等が挙げられます。例えば、ハリケーン・カトリーナ(2005年)による損失は、高潮を伴いニューオーリンズ市に壊滅的な洪水をもたらした激しい嵐が原因であり、被保険損失は860億米ドルを超えました(2020年換算額)。これらの損失は、イベント前(例えば、対策可能な緩和措置の十分さ)とイベント後(例えば、風水害による複雑な保険金請求のための緊急対応および処理手続き、災害後訴訟)の両方における、物理的・社会経済的環境の反応によって大幅に増幅されました。

日本でも、「チェービー」では、台風が物理的環境(市街地における風速の増幅など)と社会的環境(消費者行動の変化など)に相互作用を及ぼす複雑性を浮き彫りにし、最終的な損失に影響が見られました。「ハギビス」では、大規模な洪水防止システムにより、首都圏の人口密集地域が重大被害を防止できた一方、その他地域では数多くの堤防決壊と河川氾濫が発生し、地方の洪水リスクが部分的にしか軽減されていないことも明らかとなりました。構造的な軽減策は、それがいかに強固であったとしても、いつも機能するとは限らず、致命的な結果につながる可能性があります。そして、こうした事象が起こるのは、必ずしも大規模台風の時であるとは限りません(例えば、2012年のニューヨークのハリケーン・サンディ)。

保険損失の大きさを決定する際、「当たりはずれ」が重要な要因となることは、今日も変わりはありません。この「当たり」度合の違い、例えば気象条件の些細な、ただし明確な違いが、「チェービー」のみならず、規模のより小さい「ファクサイ」等にも、はるかに深刻な結果をもたらしていた可能性があります。台風の進路変更、価値の集中度合、「チェービー」で見られた台風損失の拡大となる都市密度を含む要因からは、最悪ケースが過去まだ発生していないことを示唆しており、確率的自然災害モデルは経験則的な再現期間50~70年を超える損失規模頻度曲線を描くのに役立ちます。

図1は、損失規模頻度曲線(損失対超過確率)のテールが、地域リスク特性が異なるとどう推定されるか示したものです。日本のリスク特性では、損失曲線が平坦になる前に、過去経験された損失以上の損失が発生することが推定されます。スイス・リーのモデルは、図1の中間に位置する曲線と同様の損失特性を示しています。日本の主要都市で、もし強力な構造的な災害軽減策が存在しなかった場合、一番上の損失曲線がより現実的となったかもしれません。

図1:日本の台風リスクの特徴に近い損失規模頻度曲線の特性は?

テール・ロス・リスクを概観するツールとなる確率的モデル

過去50~100年における台風の記録は、低~中程度の頻度の適正なリスク評価の作成に役立ちますが、この情報だけでは、テールのリスク量を導き出すには不十分です。その理解を確証高いものとするには、確率的モデルを核とし、海面水温に基づく最大台風強度等、物理現象の科学的理解を必要とします。自然災害モデルでは、リスクの全貌を把握するため、地域の気候特性と物理現象の理解をもとに、発生可能な多くのイベントを生成しています。図2は、実際の「チェービー」に少しの変化を加え、大阪周辺で発生する可能性がある台風イベントを示したものです。これらの確率的事象は、進路位置、前進速度、強度、規模の台風特性が異なり、その些細な違いと被災地域の特性に応じて、実際の「チェービー」の損失より損失が増減する場合があります。

図2:実際の「チェービー」に確率的に変化を加えたイベント

例えば、図2で取り上げている、こうした確率的イベントの1つは、大阪・京都付近に近い進路(実際の台風から20km右)を進み、実際の「チェービー」がカテゴリー3だったのに対してカテゴリー4となっています。カテゴリー4と5の台風は、1961年の「ナンシー」、1938年の室戸台風、1959年の「ヴェラ」など、過去発生しており、この地域では今後も十分に発生する可能性があります。この場合、損失額は「チェービー」の約2倍、再現期間は約150年となり、リスク管理上の重要な決定を左右する発生確率域にあります。さらに、「ヴェラ」をはじめ、その他の過去事象が少し変化するだけで、一層深刻な損失シナリオにつながる可能性もあります。例えば、より強烈なカテゴリー4で、「ヴェラ」が名古屋に近い進路を取る場合、損失額は「ヴェラ」の約2倍、再現期間は約250年となります。

図3:台風「チェービー」が、より強い勢力で、少し別の進路を辿っていたとしたら?

スイス・リー自然災害モデルの更新から得られた見解

スイス・リーは、業界で一般的なモデル原理、日本の台風の進路記録の再評価、また、2018/19年の台風損害から得られた知見を活用し、日本の台風リスクを再点検をしました。ここでは、過去の参照では不十分となるテール・リスクの理解に重点を置いています。

ポートフォリオ特性にも左右されますが、「チェービー」の損失が30年に1回の確率で発生するとした場合、その2倍となる損失が約150年に1回の確率で発生するし、「ヴェラ」の損失は、その中間の約70年に1回の確率で再現する、という結果がモデルより導き出されます。このことは、過去の実際の損失に基づいた日本台風のテール・リスク管理だけでは、非常に限定的な側面しか捉えていないことを示唆しています。

おわりに

保険業界で実績ある、確率的モデル手法の活用により、より深刻な損失シナリオ発生の可能性について、科学的な知見を得ることができます。仮説シナリオの検証からは、1959年「ヴェラ」といった過去のベンチマークだけでは、信頼しうる将来のリスク像の把握が出来ないどころか、より深刻なイベントの損害額やその発生可能性について、楽観的なリスク像を描いてしまうことに繋がります。日本のリスク特性とモデル結果から、「チェービー」や「ヴェラ」よりもはるかに大きな損失が、遠からぬ将来訪れる可能性があることが示唆されます。

Natural catastrophes: How can we be more resilient?

As Earth's warming trend continues, climate change and urban sprawl are putting more of us in harm's way. It's time we turn the tide.