日本の台風リスクに対する警鐘 ― 再考

著者:ヴィニート・クマール、ヘッド キャットペリルズ アジア、
スイス・リー・インスティテュート

台風「チェービー」(平成30年台風第21号)が2018年9月、大阪府とその周辺地域を襲いました。台風「チェービー」が保険業界にとっての警鐘となったと共に、日本の台風リスク評価の見直しを余儀なくされました。それまでベンチマークとされていた1991年の台風「ミレーレ」(平成3年台風第19号)があまりにかけ離れた指標となったのです。

長期にわたる過去の記録を再評価した結果、実際のところ、2018年はそれほど異常ではなかったことを示しているばかりか、「チェービー」クラスの猛烈な台風再来の可能性を示唆していたことが明らかになりました。20世紀全体を通した台風の活動を見ると、25年から35年に1度の周期で台風「チェービー」以上の勢力を持つ台風が繰り返し発生していることが分かります。スイス・リー・インスティテュートの最近の刊行物では、これらの詳細な調査結果を取り上げています。

従って、2019年下半期に首都圏を襲った台風「ファクサイ」(令和元年台風第15号)や台風「ハギビス」(令和元年台風第19号)にも、それほど驚かされることはありませんでした。これらの台風はまだ完全に評価されていませんが、すでに新たな理解が進んでおり、これまでに得た調査結果を補強しています。それらは次の4つの重要なポイントに要約できます。

台風「ハギビス」は日本の洪水リスクの可能性を浮き彫りに

1950年代と1960年代の破壊的な台風を受けて、日本は沿岸部と内陸の洪水対策に多額の投資をしました。それ以降、洪水リスクはほぼ制御できたと考えられていました。しかし、台風「ハギビス」はこの前提に疑問を投げかけました。洪水対策は首都圏の密集地域における大きな被害を防ぐことには成功しましたが、少なくとも55か所の堤防が決壊、また河川の氾濫が発生し、周辺地域のほとんどの洪水リスクは部分的にしか軽減されていないことが露呈しました。

70億米ドル~110億米ドルの保険損害額のうち1、大半の損害は洪水による被害から発生しています。歴史を振り返ると、大洪水を引き起こした台風は数多くありますが、その中でも、1947年の台風「カスリーン」(昭和22年台風第9号)と1958年の台風「アイダ」(昭和33年台風第22号)が最も顕著です。どちらの台風も、今日では強風による災害として想起されていなく、いずれも首都圏とその周辺地域で大洪水を引き起こしました。今日の洪水対策は損害を軽減することはあっても、完璧でないことは確かです。「カスリーン」や「アイダ」のような台風が再来する可能性は十分にあり、それは台風「ハギビス」より深刻な被害をもたらすかもしれません。

台風「ファクサイ」が、台風「チェービー」による都市部の高額な保険損害額を裏付け

台風「チェービー」は、当初平均的な台風として想定されておりました。保険金支払額の増加には、1961年に猛烈な台風「ナンシー」(昭和36年台風第18号)が大阪周辺を直撃して以降建物の脆弱性が変化したことなど、複数の要因が考えられます。脆弱性の要因を理解するためには、保険金支払いに関するデータを注意深く分析する必要がありますが、台風「ファクサイ」による保険金請求の初期の兆候は、これが単独の要因というよりかは、寧ろ、体系的な傾向を持つことを示唆しています。風速が高い台風の場合、過去20年間の比較的小規模な台風と比べて、単価が高くなる事が想定されます。2018年と2019年の台風による保険金支払いに関するデータは、保険損害額が上昇傾向にある可能性を示唆する大きな機会となりました。

中型台風から猛烈な台風まで発生頻度を再検証

台風「ハギビス」、「ファクサイ」、「チェービー」の短期連続発生、さらに「アイダ」と「カスリーン」を併せて考えることで、長期的に見た被害の深刻度と再現期間についての認識が確認できます。台風「ファクサイ」と「ハギビス」による損害額は依然として完全には明らかになっていませんが、RMS社による最近の推定では、それぞれ70億米ドル(50億米ドル~90億米ドルの範囲)と90億米ドル(70億米ドル~110億米ドルの範囲)が中間値になると考えられています2。台風「アイダ」はそのハザードの特性から、台風「ハギビス」と同程度の損害規模になると言うことができます。1947年の台風「カスリーン」も深刻な洪水を引き起こしましたが、「アイダ」よりも損害額は小さいと推測されます。過去の状況から、計測期間にかかわらず、5000億円(45億米ドル3)規模の損害は、10年以上に1度の周期で発生すると言えます。1934年の室戸台風、1959年の台風「ヴェラ」(昭和34年台風第15号)、1961年の台風「ナンシー」、2018年の台風「チェービー」、2019年の台風「ハギビス」のような一連の大型台風に「アイダ」を含めた、7500億円(68億米ドル)または1兆円(91億米ドル)規模の大きな損害額を伴う台風の発生確率は、歴史的根拠に基づいて上昇しています。

保険業界の自然災害モデルの実態調査としての過去の損害記録

2018年と2019年の台風損害が、過去100年間にわたる豊富な台風による損害実績に加えられ、これが保険業界の自然災害モデルの結果に対する実態調査の役割を果たしました。このようなモデルの結果は、想定される台風の頻度と損害規模、対象となるポートフォリオ、並びにそのポートフォリオがモデルにどう入力されたかにより左右されます。現時点で存在するモデルは複数あり、マーケットレベルと個々のポートフォリオレベルの両方で活用されています。

こうしたモデルは、長期的な実績にも沿って、マーケットレベルにおける1兆円の損害額の再現期間を、20年から35年に1度と示しています。個々のポートフォリオにおいては、これとは異なりより楽観的で、1兆円の損害額を50年に1度程度あるいはそれよりも高い再現期間として評価しています。そのため、過去の実績との関連付けはより困難になり、信頼性も低くなっています。これには複数の理由が考えられ、例えば、マーケットポートフォリオと個々のポートフォリオでは、エクスポージャーの想定が異なっていることなどが挙げられます。2019年以降は、直近の教訓を踏まえ、ハザードモデルと脆弱性モデルをアップデートし、機会を捉えてモデルの信頼性を高めなければなりません。

いかに不確実性が高くても、2018年と2019年の台風リスクは寝耳に水の出来事ではありません。寧ろ、これらは将来的に持続可能な保険引受のために健全なリスク評価の基礎となるべき、現在まで続く過去の連続です。最近の自然災害を十分に評価することで、さらに多くの教訓が明らかになるでしょう。しかし、これまでにもたらされた影響からだけでも、既に保険業界として、日本が直面している台風リスクを一層しっかり振り返ることが求められています。

1 RMSによる台風「ハギビス」の推定、2019年11月1日
2 RMSによる台風「ファクサイ」の推定、2019年9月26日
3 概算為替換算レートは1米ドル=110円を使用しています。

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