日本の洪水リスクの減災に向けて-強靭なだけでは不十分な時代

一年前、私たちは 2018 年を「今年の漢字」に「災」という文字が選ばれるほど自然災害に見舞われた年として振り返りましたが、残念ながら 2019 年もまた「災害大国日本」に住んでいるという現実を思い知らされる結果となりました。

震度6弱の地震が 1 月に熊本、2 月に北海道胆振地方を相次いで襲い、また 6 月には山形県沖を震源地とする地震が発生し、新潟県村上市で震度 6 強を記録しました。

そして台風の季節を迎えた 9 月、台風 15 号が千葉市付近に上陸しました。千葉市では最大瞬間風速 57.5m/s を観測し、千葉県を中心に約 75,000 棟の住宅に被害が生じ1、一時は 93 万戸を超える大規模な停電が発生しました。

さらに 10 月、記録的豪雨と強風をもたらした台風 19 号が伊豆半島に上陸しました。総降水量は神奈川県箱根で 1,000 ミリに達し、東日本を中心に17 地点 で 500  ミリを超えるに至りました。さらにはこの豪雨により、192 もの河川で氾濫危険水位を超過し、71 河川 140 箇所で堤防が決壊。利根川や荒川等の大河川も決壊寸前となりました。東北地方の太平洋側や関東地方を中心に死者 91 人、約 99,000 棟の住家被害が発生する惨事となったばかりでなく2、数多くの企業、インフラにも被害が生じ、スイス・リーのシグマ調査誌はその保険損害額を 80 億米ドルに上ると推定しています。

過酷な地形と気候

日本は環太平洋造山帯に位置し、山岳が急峻であることから、短く急勾配の河川が多く、断層や地すべり地帯が分布するなど、災害の危険性が高い地形・地質条件にあります。国土の 7 割を山地・丘陵地が占めるため、10% にすぎない沖積平野に現在では全人口の約 1/2、総資産の約 3/4 が集中しています。また、ゼロメートル地帯が発達している三大湾(東京湾、伊勢湾、大阪湾)に非常に多くの人口を抱えています。

さらに、日本は世界でも有数の多雨地帯であるモンスーンアジアの東端に位置し、年平均降水量は世界平均の約 2 倍にあたる 1,718mm であることに加え、季節ごとの変動が激しく、梅雨期と台風期に降雨が集中しています。例えば東京の月別平均降水量は、最多雨月の 9 月で 208.5mm、最少雨月の 12 月で 39.6mm と、その差が 5 倍に達する3極端な気象条件にあります。

近年の気象は海水温の上昇を招き、降雨パターンの予報をより困難なものにしています。平成  30 年 7 月豪雨の際、気象庁が「地球温暖化による気温の長期的な上昇傾向とともに、大気中の水蒸気も長期的に増加傾向であることが寄与したと考えられている。」と個別災害について初めて地球温暖化の影響に触れ、地球温暖化に伴う気候変動が既に顕在化していることが明らかとなりました4

昨年、気象庁は台風 19 号による広範囲での記録的な大雨の要因を、「大型で非常に強い勢力をもった台風の接近による多量な水蒸気の流れ込み」、「局地的な前線の強化および地形の効果などによる持続的な上昇流の形成」、「台風中心付近の雨雲の通過」によるものと言及しました5

他方、台風 15 号が上陸時も強い勢力を保ち、暴風域を伴っていたことに関しては、次の二つの要因が寄与していたと考えられます。すなわち、「台風 15 号の通過した海域の海水温が平年よりも高かったこと」と、「先行して北上した台風 13 号や潜在的な前線の形成により大陸からの乾燥した空気が流れこみにくくなっていたこと」です。

治水対策の強固な礎

日本はこれまでの歴史において、治水対策の確固たる基礎を築いてきました。最初の大規模な治水対策は16、17 世紀に遡ります。

その後、1896 年の河川法、翌 1897 年の砂防法、森林法の制定により、近代治水の基礎が形成され、この河川法は 1964 年に改正されるまで我が国の河川管理の基本原則となりました。1950 年代以降は政府のイニチアチブにより、治水インフラ整備が進められてきました。

しかしながら、高度成長期以降の全国的な市街化の進展により、河川の流域の保水能力や遊水能力は低下します。都市部における水害対策の努力が続けられていると同時に、これら対策の効果に関して数多くの知見を近時の大規模災害から得ることができます。

台風 19 号では全国各地で堤防決壊や越水、内水、土砂災害が発生し、甚大な被害が生じた一方、東京都心では大規模浸水が起きませんでした。地下や上流で大規模な治水対策が行われており、これらが功を奏したのです。

東京を台風の猛威から救ったカギとなる水害調節インフラは、荒川中流域にある巨大な貯水池「彩湖」や、世界最大級の地下放水路「首都圏外郭放水路」などでした。同放水路には近隣5河川から最大約 67 万立方メートルの水をためることができますが、排出する江戸川の水位も上がり調圧水槽から水を排出できなくなれば、5 河川全てが氾濫の危機にさらされます。台風 19 号の際、調圧水槽から江戸川への累積排水量は、3 日間で 1,151 万立方メートルに達しました。50 メートルプール約 7,673 杯分を排出したことになります。

ダムや地下調節池などもそのキャパシティを限界近くまで使って水位を抑えることに効果を発揮しました。八ツ場ダムは 10 月 1 日に「試験湛水」を開始しましたが、台風 19 号により一夜で総貯留量約 7,500 万立方メートルがほぼ満水となりました。

気候変動を踏まえた水災害対策

気候変動に関する政府間パネル (IPCC) の第5次評価報告書によると、気候システムの温暖化については疑う余地はないとしています。気象庁によれば、21世紀末の日本の年平均気温は全国平均で 4.5℃ 上昇し、猛暑日 (最高気温が35℃以上の日) など極端に暑い日数は増加するとされています。さらに、このまま温室効果ガスの排出が続いた場合、1 時間降水量 50 mm 以上の短時間強雨の発生件数が現在の 2 倍以上に増加する可能性があるということです6

2018 年 4 月、治水対策を所管する国土交通省は「気候変動を踏まえた治水計画に係る技術検討会」を立ち上げました。この検討会により 2019 年 10 月に公表された「気候変動を踏まえた治水対策のあり方 提言」では、パリ協定の目標と整合する RCP2.6 (2℃ 上昇に相当) を想定した場合、一級水系の治水計画で対象とする規模の降雨は、21世紀末には20世紀末と比べて、降雨量が全国平均1.1倍、発生頻度が 2 倍になるとの試算結果が示され、これを前提に「治水計画の目標流量に反映し、整備メニューを充実すること」、また、「将来、更なる温度上昇により降雨量が増加する可能性があることも考慮すること」、「気候変動による水災害リスクが顕在化する中でも、目標の治水安全度を確保するため、河川整備の速度を加速化すること」などを提言しています7

さらには、台風 19 号が日本に襲来してから間もない 2019 年 11 月、「気候変動を踏まえた水災害対策検討小委員会」が設置され、答申が出されるべく、現在委員会が開催されています。

気候変動の影響と保険業界の役割

1950 年代、60 年代の甚大な台風以降、沿岸部、内陸部における治水対策への多くの投資は日本の洪水リスクを軽減することに貢献してきました。

しかしながら、気候変動は将来、対策を上回る洪水リスクを引き起こすほどの気象現象の変化や不確実性をもたらしてしまうかもしれません。最近の台風や豪雨を通して、我が国の治水対策の妥当性や強靭性について改めて考えさせられます。日本の治水対策は台風 19 号による被害を軽減するのに役立ちました。しかし、決して完全ではありません。温暖化が進む中、将来的なリスクを軽減し、気象災害がもたらす被害の保険化を引き続き可能とするため、洪水リスクの評価を改めて行うことは真に重要であると思われます。

日本の官庁が気候変動を念頭に新たな対策を取り入れようとしているように、保険業界も大きく変化している状況にリスク評価を適応させ、積極的に気候変動の影響を調査し取り込んでいく必要があるでしょう。いくつかの日本の損害保険会社においては、保険による補償という本来業務以外にも、気候変動の緩和と適応に関する様々な活動を行っています。

昨今の自然災害の激甚化をみるに、ひとたび大きな災害が襲来すれば残念ながら私たちは自然の猛威から逃れることはできない可能性があります。自然災害リスクへの展望は日々ダイナミックに変化しており、保険会社は気象リスクに補償を提供し続けるため、社会経済の進展、気候変動現象への科学的知見、そして地域におけるリスク軽減の手段の状況を注視していく必要があります。

今年、COVID-19 (新型コロナウイルス) が歴史上大きな痕跡を残しました。世界はその経済や社会への影響といった難題解決に取り組む一方、気候変動や異常気象のようなリスクも忘れてはなりません。私たちは、私たちの将来を守るための行動をとる必要があります。

保険業界として、私たちは今、共に行動しなければなりません。国あるいは地方自治体、保険会社、再保険会社、事業者も国民も、一つになって気候変動への適応を進めるために。

1 消防庁 令和元年台風第15号による被害及び消防機関等の対応状況(第40報) https://www.fdma.go.jp/disaster/info/items/taihuu15gou40.pdf
2 消防庁 令和元年東日本台風及び前線による大雨による被害及び消防機関等の対応状況(第66報)https://www.fdma.go.jp/disaster/info/items/3d299a3cc95529be73f32e6e793b4969d04a0da5.pdf
3 国土交通省 水害対策を考える https://www.mlit.go.jp/river/pamphlet_jirei/bousai/saigai/kiroku/suigai/suigai_3-1-1.html
4 気象庁: Primary Factors behind the Heavy Rain Event of July 2018 and the Subsequent Heatwave in Japan from Mid-July Onward http://ds.data.jma.go.jp/tcc/tcc/news/press_20180822.pdf
5 気象庁 令和元年台風19号とそれに伴う大雨などの特徴・要因について(速報) https://www.jma.go.jp/jma/press/1910/24a/20191024_mechanism.html
6 気象庁 日本の気候変化の予測 https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/chishiki_ondanka/p12.html
7 国土交通省 気候変動を踏まえた治水計画に係る技術検討会 https://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/chisui_kentoukai/index.html

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