スイス・リー・グループ創立150周年:日本におけるスイス・リーの沿革

スイス・リー・グループは、スイスのチューリッヒに創立されてからの150年間で様々な歴史を経験してきました。これまでに、1906年のサンフランシスコ地震、1912年のタイタニック号の沈没、2001年のワールドトレード・センターへのテロ攻撃、2011年の東日本大震災などを含む歴史的な巨大損害の再保険引受も手がけています。

現在、スイス・リー・グループは、保険、再保険、その他保険をベースとしたリスク移転のホールセールプロバイダーとして世界をリードしています。当社は堅固な資本、専門知識と革新力を駆使して企業や社会が依拠することのできるリスクの引き受けを行っています。

また今年は、スイス・リーが日本のお客様とのお付き合いを始めて100年目の節目に当たります。当社が東京で初めて再保険契約を交わしたのは1913年のことでした。東京に最初の駐在員事務所を開設したのは1972年、再保険会社の支店として保険業の免許を取得したのは2004年です。長年にわたり、当社は日本市場に対する強いコミットメントを実証し、業界の発展に貢献してきました。また、保険会社や業界団体との堅固なパートナーシップを通じて、日本の保険マーケットを世界でもっとも成功し、革新的で、堅固な産業とすることに寄与しています。

今日では、東京を拠点とする当社の再保険事業は、損害保険(P&C)や生命・医療保険(L&H)の再保険ソリューション、ストラクチャード・ソリューション、スペシャルティ・サービスなどを提供しています。

スイス・リーの日本マーケットでの100年間の主な沿革は次のとおりです。

1913

東京で初めて火災の再保険契約を引き受け、日本の保険市場との関係を開始する。

 

1922

スイス・リーのマネージャー、ポール・アルサー(Paul Alther)が日本に出張。国内保険会社を訪問してスイス・リー・ブランドの販売促進を行うとともに、日本市場についての理解を深めた。

 

1923

関東大震災が発生。約105,000人が死亡し、東京および周辺地域は広範囲にわたる損害を受ける。1906年のサンフランシスコ地震の後、日本の地震リスクを免責としていたにもかかわらず、多くの外国保険・再保険会社は保険金の支払に同意。スイス・リーは影響を受けた契約に関する1年分の保険料を任意で支払う。

 

1935

東京海上火災保険株式会社(当時)と長期にわたる事業関係を開始。

 

1937

保険会社に対する規制が強化された結果、日本の総保険料収入における外資の生命保険会社のマーケットシェアはわずか1%にまで低下。


スイス・リーのマネージャー、ウィリアム・ハビット(William Habicht)は、日本の損害保険会社とロンドンのブローカーおよび再保険会社との結びつきが弱まりつつあると報告。これは、反英気運の高まりと、1937年の中国との戦争中にイギリスの保険会社が課した戦争料率に呼応したものだった。

1947

英米の多くの保険会社が日本市場における立場を再構築。当初は占領軍に対して保険を提供。翌年には、日本の会社への再保険の提供を許される。

 

1957

千代田火災海上保険株式会社(当時)および日動火災海上保険株式会社(当時)の火災保険契約を引き受け、さらに東亜火災海上再保険株式会社(当時)および住友海上火災保険株式会社〔当時〕とも少額の再保険契約特約を結ぶ。

 

1961

戦後の混乱期に香港事務所から日本にサービスを提供した後、スイス・リーは日本事務所の開設を検討。

 

1965-1971

日本の損害保険市場は、経済急成長期間を経て大幅に拡大。

 

1972

東京の同和火災ビル〔当時〕に最初の駐在員事務所を開設、日本市場にサービスと情報の提供を開始。

 

1975

日本で最初の生命保険の再保険協約を日本生命保険相互会社と、続いて三井生命保険相互会社と締結。

 

1981

同和火災海上保険株式会社(当時)の支援で設立された駐在員事務所名をスイス再保険会社東京駐在員事務所に改名。

 

1989

株式市場と不動産市場に牽引された経済成長が失速すると、その後20年間日本の保険業界は再編が進み、少数の強力なプレーヤーに統合される。

 

1991

ミレーユ台風(1991年台風第19号)により日本の保険会社は巨額の損失を被る。そのうち海外の再保険会社から回収できたのは、スイス・リーの支払いを含め、ごくわずかだった。

 

1995

保険業法がプリンシパル・ベース(規制に対してより原則主導の主義的)なアプローチを導入した結果、海外の生命保険会社の存在感が増し、損害保険市場の大規模な整理統合と再編の口火が切られた。

スイス・リーは、日本における取引とスタッフの増加に対応し、大手町ファーストスクエアビルに移転。

1997

スイス・リーは、ロンドンを本拠とするマーカンタイル・アンド・ゼネラル再保険会社The Mercantile and General Reinsurance Companyを買収し、日本における主導的ポジションを強化。

また、スイス・リーは日本の地震をカバーする初めての保険リンク証券を東京海上火災保険株式会社〔当時〕とゴールドマン・サックスと締結。

 

1999

日本市場に対するさらなるコミットメントを実証するため、「スイス・リー・サービス株式会社」Swiss Re Services Companyを設立、登記。

 

2000

株式市場の変動がさらに激化し、生命保険会社数社が破産。5月には、第二次世界大戦後初めて日本の損害保険会社の破産が発生。

 

2001

スイス・リーと東京海上火災保険株式会社〔当時)は、3つの自然災害の損害を対象とする4億5,000万米ドルの大自然災害リスクスワップ契約を締結。

 

2004

「スイス・リー・サービス株式会社」Swiss Re Services Companyが、スイス再保険会社日本支店の免許を取得し、日本で支店認可を受けた初の大手再保険会社となる。

 

2011

日本史上最大規模の地震となった東関東日本大震災と、それによって発生した津波により、甚大な人的・物的損害が発生。

スイス・リーは、日本におけるコーポレート・ソリューションズ事業の元受保険の認可を受け、スイス・リー・インターナショナルSE日本支店を設立。

 

2013

グループ創立150年周年、日本における最初の再保険契約から100年目を迎える。

 

2013年7月