東京の自然災害リスクモデル:考慮されていないシナリオは?

日本、特に東京は、風災や地震の危険にさらされており、世界でも屈指の洗練された自然災害リスクモデルが開発されています。地震と台風リスクがその焦点となっていることは間違いありませんが、スイス・リーのアンダーライターは、未だ顕在化していないその他のリスクがある可能性を指摘しています。このマーケットが直面すると考えられるあらゆる災害を詳細に調査していくと、今まで理解されていなかったシナリオが浮かび上がるのです。

保険業界はここ数年、アジア各地で未曾有の自然災害イベントに直面してきました。中国では、2008年に予想外の規模の猛烈な吹雪が発生し大混乱を招き、さらにオーストラリアでは、2009年に森林火災が猛威を振るいました。そして、こうしたイベントに妥当とされた再現期間の再考を余儀なくされたのです。こうした「二次的危険」といわれるイベントにより、科学的にあまり理解・分析されていない危険が保険業界の業績に与える影響を十分に考慮することの重要性が浮き彫りとなったのです。この事例のほか、例えば津波、洪水、パンデミック、地滑りなど、期待損失を求める上で信頼しうる計量モデルが存在しないシナリオも多いのです。自然災害リスクを解析するための確率モデルが存在しないことは、こうした二次的危険による損失を料率計算に考慮しなくてよいということではありません。保険契約が「すべての危険(All Perils)」を填補している場合は、なおさらです。

2005年、ハリケーン・カトリーナによるニューオリンズ洪水の後、日本でも東京における豪雨や台風に伴う大規模洪水の可能性が社会的な関心を呼びました。スイス・リーにとっても、東京大洪水の可能性は、さらなる調査が必要とされるリスクシナリオとなりました。料率計算のプロセスで十分に理解・分析されないまま填補され、実際に保険金支払いが発生してしまうことは、再保険の取引でできるだけ避けたいことです。従って、東京大洪水の可能性についても、あらかじめ検討し、十分に理解しておくことが重要とされたのです。

確率モデルに取って代わるものとは?

確率モデルが存在せず、それでもその危険の期待損失を算出しなくてはならない場合に頼るべきは、やはり伝統的なアンダーライティングの方法です。確率モデルは、危険(ハザード)、脆弱性、保険集積、そして契約条件の4項目を基本情報として、「イベントの発生はどの程度の頻度で、その強さはどれくらいか?」、また「年間純率はいくらか?」といった質問に答えます。

これらのモデルは、危険、脆弱性、そして保険集積が相互にどのように影響するかという科学的な理解をベースにしていますが、このような情報がたとえ簡単に入手できない場合も、こうした4項目に分類したアプローチはその多くの場合、有用です。その際、実際に過去に起こったイベントの情報が重要となりますが、幸いにも非常に多くの東京大洪水に関するデータが入手可能です。

これに加え、日本政府は2006年に首都圏における大規模水害の専門調査会を設置し、その暫定調査結果を公表しました。専門調査会による議事概要は下記をご覧下さい(日本語のみ)。http://www.bousai.go.jp/jishin/chubou/suigai/index.html

この調査書を見ると、近年首都圏で生じた最悪の洪水は、1947年のキャサリン台風(台風9号)がもたらした洪水であることがわかります。この台風の勢力は中程度、東京湾の南をかすめただけにもかかわらず、東京上空に停滞していた梅雨前線にぶつかり、数日間に関東地方の平均年間降水量の3分の1に相当する大雨を降らせました。この洪水により、30万棟以上が浸水、1,000人以上の人々が命を落としたのです。図表1のとおり、キャサリン台風以外にも、過去に生じた事象で高い降水量が記録されています。台風により生じたものもあれば、豪雨によるものもあります。

図表1:荒川流域での過去の降水量:上位10事象(荒川流域の年間降水量は平均1404mm)http://www.ktr.mlit.go.jp/arajo/shirou/kisyou.htm

発生年災害事象降水量(単位: mm) 
1947年 キャサリン台風と梅雨前線 455
1941年 1941年台風と梅雨前線 426
1999年 熱帯誠意暴風雨 419
2001年 ダナス台風(台風15号) 358
1983年 アビー台風(台風16号)とペン台風(台風6号) 339
1950年 2週間にわたる台風 336
1982年 ジュディー台風(台風18号) 326
1958年 狩野川台風 276
1938年 豪雨 273
1982年 べス台風(台風40号) 270
 

確率モデルは、モデル開発の仕上げ段階で、科学的・工学的専門知識だけでなく、こうした過去の損害情報も利用し、最終調整されています。ただ台風モデルにおいて、さまざまな過去の洪水損害のうち、特に純粋に台風のみによる洪水を取り出すことはとても難しく、このため多くの台風モデルは、台風ではなく大雨による洪水も活用して、モデルの最終調整が行われています。この意味で、過去のどのイベントが台風モデルにすでに活用済みで、どのイベントが活用されていないかを理解し、「考慮されていないイベント」に相当するリスクを適正に料率に加算することがアンダーライターの腕の見せ所なのです。

確率モデルの各項目で、こうした見極めがなかなか難しいものとなってしまうのは、以下の事項を検討する場合です。

  • 危険(ハザード)

「最悪のシナリオ」のイベントは過去にすでに起きたか?物理的にどの規模のイベントが可能なのか?他の気候要因によってハザードに変化が起きうるか?長期循環の要因により過去に記録された発生頻度が変化することはあるか?

  • 脆弱性

保険集積が過去から現在にわたりどのように変化したかよく理解しているか?過去のイベント後に、その後の損害を軽減するために物理的対策が講じられたことがあるか?そうした対策はどれほど効果的か?早期警戒システムや、より多くの情報入手手段は脆弱性をどの程度軽減しそうか?

  • 保険集積

過去に保険集積の特性はどう変化し、それは許容できる変化なのか?新しい集積は、過去のそれよりもリスクが高いか低いか?

  • 保険の契約条件

カバーされている補償範囲、保険料率、免責は?免責金額は期待損失の軽減にどのように役立つか?大規模災害においても、免責は契約どおり適応されうるか?免責があるにも関わらず、保険金支払いを要求するような圧力が存在するか。

こうした質問に答えられるようになって初めて、損害頻度曲線(LFC)がどのようになるかを検討し、洪水の純率のうち豪雨にのみ起因する額を計算することができるのです。

損害推定額の算定

日本の首都を襲う大洪水の損害推定額は一体いくらになるのでしょうか?政府の調査報告書に含まれる基本データと、そこにいくつかの仮定をおいた上で、スイス・リーは、200年に1度の再現期間における、東京大洪水の保険損害は100億米ドルを超える可能性があると予想しています。この金額自体とてつもなく高額に思えることは間違いありません。特に、同様の再現期間における台風の業界損失推定額が、我々の見方で約200億米ドルと予測されることを踏まえるとなおさらです。

だたし、忘れてはいけないのは、台風による損害頻度曲線には、豪雨後の洪水による損害も一部含まれていることです。そこで大事な次のステップは、この台風による損害頻度曲線から「純粋に豪雨」による損害を抜き取ることです。それは、台風、洪水の2つの損害曲線の単純な加算が損害推定額の過大評価につながるためです。

ここで留意すべきは、過去、どしゃ降りの雨を降らせるのは、中規模の台風の同時発生、または梅雨前線に台風がぶつかる場合が多いことです。今後の研究焦点として、複数のイベントが互いに影響し合い大洪水が起きる可能性への理解と、そうした相互作用により降雨が何日も続く場合に、「ひとつのイベント(One Event)」を契約上どう定義するかという点が重要です。

結論

再保険会社は、近年、主要な危険である「地震と台風」に対する準備金が、あまり十分に理解されていない二次的危険によって取り崩されていることに気づく必要があります。この意味で、東京大洪水の可能性について十分に理解し、そしてできるだけ避けたい“事象”を回避するため「考慮されていないイベント」の料率検討を始めることが重要です。

アジア地域の視点からは、我々がまだ理解していない潜在的な二次的危険、いわば次なる氷山がアジアのどこに潜んでいるかを自問することもまた重要です。こうした災害による損害を厳密に推定することは容易ではありません。ただ、こうした危険を理解していく態度が、今後もとても重要であることは間違いないのです。

 


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